何度も何度も食べている「黒毛和牛ランプ肉のステーキ」だが、これは味わったことのない未知だった。
身質が魚の様に繊細で柔らかく、肉汁は溢れ出るのではなく躍動し、口腔の中を這うように巡るのだ。
「こんなの知らない」
いつもの心持ちで見慣れた筈だったステーキを口に運んだ私は、思わず声が漏れ、頭を抱えてしまった。
北島シェフに聞くと、これは牝牛とのこと。
そして、中でも近年稀に見るほどに歩止まりが小さい超小型の個体であると。
そして、そして、それは10年に一度入荷があるか無いかの希少な個体であると。
そして、そして、そして、私がいただいたのはヒレに匹敵するほどに柔らかい芯であると。
そう、これは10年に一度の「奇跡」の中の「奇跡」。
今後出逢えることが叶わないかもしれない「一度きり」。
こんなもの、普段通りの何気ない顔して出しちゃ駄目ですよ。
某恵比寿の3つ星の仔牛の様に、仰々しい箱に入れた大袈裟なプレゼンテーションでもやらないと駄目ですよ。