感謝と畏怖

 

どこまでもきめ細やかで、しなやかな肉に歯が迎えられた時、瞼の裏に広大な蝦夷を駆ける鹿の姿を見た。

そこには誰にも束縛されず、自由に命を育んできた野生だけが持つ純潔がある一方で、人間によって引き出された勇猛がある。

生への固執が失われない程度の精妙な加熱が、鹿を本来持ち得ない滋味の極致へと誘っている。

鮮血が滲み、舌を通って細胞へと染み渡り、喉元から香る血潮に、思わず涙が滲んだ。

その涙の真意は、命を頂くことへの深い感謝だけではない。

人間が到底及ばない、広大な自然に対する畏怖もあった様に思う。

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