ロースト以上に、煮込みには料理人の技術が問われる。
巷に溢れる”1日煮込みました!”ないし”48時間煮込みました!”といった謳い文句の様に、ただ時間をかけて煮込めば良いのではない。
余分な水分などを飛ばす”出す”工程と、味を染み込ませる”入れる”工程。
この2つの工程を、食材の声を聴く耳とここぞの一瞬を見極める高い解像度を持って為されなければならない。
この蝦夷鹿のブレゼは、正しくその見本である。
濃密な赤ワインでじっくりと煮込まれて尚、繊維の間に微かな冬の香りを鼻で感じ、広大な蝦夷の大地を駆ける逞しい野生の血潮が舌にググッと迫ってくる。
野生が持つ孤高の純潔とじっくりじっくり時間をかけて対話し、人間の元にゆっくりゆっくりと手繰り寄せ、鹿の生気を残しつつ人間に迎合させる。
これは、食材に寄り添う真摯な姿勢と培ってきた熟練の技術があってこそ。
五十嵐シェフが日本フランス料理界のレジェンドであると言われる訳は、この一皿を口にすれば絶対に分かる。