初めて訪問した時を今でも覚えている。
外からは店内の様子が一切伺えない謎めいた雰囲気。
扉はやたらと重く、足を踏ん張って腰に力を入れないと開かないほどだ。
重厚な扉を開ければ、白い割烹着に身を包んだ料理人島田 良彦氏に出迎えられる。
彼の放つ「いらっしゃいませ」には独特なニュアンスがあり、いなせな町人気質が宿っているというか兎に角粋でなのだ。
店内は年季が入っているのに、埃ひとつ見当たらない。
床もカウンターもピカピカ。
ソースが入った調度品も全くベタつかない。
迎え入れる客を丁重にもてなし、自分達の仕事に誇りを持っているからこその清らかな空気が流れている。
そして、その清廉な空気は料理にも宿っている。
当店の代表料理であるロースのカツレツには、脂身が無い。
赤身を覆う脂身は全て掃除して、揚げ油として使う。
そうして揚がったカツレツの衣は黄金色で眩しい。
歯が当たれば、繊細な音が耳に響き、甘い芳香が鼻を抜け、肉と出会うまでにドラマがある。
肉の身質は密で、味わいはあっさりと軽口。
だが、ラードのコクと香りが乗っていて噛む程に繊維から豚の純真が顔を出す。
ここにソースや塩が入り込む隙間はない。
いや、不要である。
細かな仕事によって美味しさの的は絞られ、味の輪郭がはっきりとしているからだ。
そしてカツレツ同様に素晴らしいのが、キャベツやご飯、味噌汁にお新香である。
キャベツは限りなく細く切られ、しゃくしゃくと軽快。
それでいてふわりと舌に優く、口に残る油が綺麗に洗われ、新たな一口へと歩を進ませる。
ご飯は艶々で麗しく、濃縮した甘味を一粒一粒が放ち、味噌汁は赤だし特有の深みと、すっきりとした出汁の旨味の均整が美しい。
お新香は日々管理するぬか床で漬け、味わいにキレと鋭さがある。
各自がカツレツを引き立てるに充分な仕事をしながら全体の調和を成し、ひとつの定食としての理想を呈す。
揚げ物なのに、食後はいつも清々しい。
新年を迎えたみたいな、晴れやかでめでたい気持ちになる。
“ぽん多本家で食事をする“という体験自体に価値が在る。
日本の誇りの様な店である。