巡るとんかつ7 南阿佐ヶ谷「成蔵」

 

とんかつ成蔵 | 南阿佐ヶ谷⁣

とんかつを待っている間、驚いた。揚げの音、香りが全くしないからだ。低音から時間をかけて揚げられた豚は、余分な水分が抜け、旨味の詰まった汁だけを身に閉じ込める。⁣
中粗の生パン粉の衣は、軽やかに弾ける。その食感は、霜柱を踏んだ時の感覚を思い出させる。口の中でひらりひらりと舞いながら、油の芳しい香りと甘みを花開かせ、肉と交差し、高みへと登っていく。⁣
豚は、表面から肉汁が溢れ出て、艶々しい。⁣
顎の圧力だけで身が解けていき、その口溶けの良さに、目を丸くする。繊維が潰せば、穏やか香りと甘味を吐き出し、思わず唸る。⁣

リブロースは、脂の味わいが濃厚で支配的だが、どこか優しさを感じさせるのは、揚げの技術が素晴らしいからだろう。噛めば、口内が途端に脂の甘みで溢れ、喉へ落ちても、しばし芳醇な余韻が舌にいすわる。⁣

シャ豚ブリアン(ヒレの真ん中)は、脂を一切感じさせず、さっぱりとしているが、赤身の滋味が、舌に迫ってきて思わず慄く。風味も濃く、豚肉を食べている喜びが、体の奥底からせせり上がってくる。⁣

羽釜で炊かれたご飯は、瑞々しくてもっちり。香りもしっかりと立っていて、米単体でも勝負できる。⁣
豚汁も、根菜と豚の甘みがふくよかでありながら、しっかりと効いた生姜が、味わいを引き締めている。⁣

ただ、とんかつを待っている間の繋ぎであるクラッカーや小鉢が凡庸。とんかつが素晴らしいだけに、これらの存在に疑問を感じてしまった。⁣
お盆の上の隅から隅まで、神経を張り巡らせ、其々が光りながらも、互いを高め合い、調和してこその「とんかつ定食」なのである。⁣

 

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